東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1509号 判決 1960年2月02日
原告 荒金欣之助
右訴訟代理人弁護士 多賀健三郎
被告 KK第一相互銀行
右代表者代表取締役 根橋武男
右訴訟代理人弁護士 万谷亀吉
同 美村貞夫
主文
被告は、原告に対し、金一万三千二百円と、これに対する昭和三十年三月十三日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を、棄却する。
訴訟費用は、これを十分し、その九を原告の負担、その一を被告の負担とする。
この判決は、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
被告が相互銀行法による銀行であること訴外平野一雄が被告銀行の被用者として、被告の業務のうち、無尽契約申込の勧誘、その申込の受付並に同無尽契約成立の際はその第一回の掛金に充当される金員の受領及び第二回以後の無尽掛金の徴収の職務を担当していたことは、当事者間に争がない。
ところで証人平野一雄の証言同証言により、真正に成立したものと認められる甲第一、第二号証、証人荒金日出子の証言及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、平野は、堂本清一から、同人と被告との金額五十万円の無尽契約について、掛金を途中で中止するから、同権利を他に譲渡したい旨の申出を受け、その無尽通帳を預託されたのを奇貨とし、昭和二十九年四月初頃、かねてより被告経営の無尽に加入している関係から、屡々集金に赴いたことのある原告方を訪れ、前記の如く堂本より無尽契約による権利の譲渡を委任されたもので、資金の借用方を依頼されたものではないのに拘らず、借金の依頼を受けた如く装い、原告が(一)の(イ)で主張する無尽通帳、調査表等を原告に示して「堂本清一という人が、被告との無尽契約について既に十三、四回掛込済であるか、同掛金を継続できなくなつたので、同通帳を担保とするから、堂本に金員を貸与して貰い度い、同契約の満期に返済を受ける金員で、弁済する、」旨申し欺き、因つて原告をして真実堂本において資金を借用するものと誤信させ、右誤信に基き同月七日金十五万二千円と、金額五万円の小切手一通を貸金交付名義の下に交付させて、これを騙取したこと並に右と同様の方法で原告からその主張の(一)の(ロ)の金員を騙取した事実を認めることができる。前記各認定に反する証拠はない。
けれども証人松崎桂作、千葉一雄の各証言を綜合すれば平野が欺罔内容としたところの無尽契約加入者に対する同契約上の債権を担保とする第三者よりの金員借受の斡旋行為は被告の業務内容としては、なし得ないことが認められる。もつとも右証人千葉は、融資の斡旋を同人の職務内容としていた旨を述べているが、後にこれを否定しているし、又同証人は、被告の業務として無尽契約上の債権の譲渡、給付金の譲渡、無尽契約上の債権を担保としての被告よりの金員の借受等為し得ると述べているが、本件は上記のごとき第三者よりの金融の斡旋行為であるから、これに含まれるものではない。右認定に反する証人荒金日出子の証言(第一回)は前記証拠と対比して信用できない。又元来相互銀行は、相互銀行法第二条列記の業務と、これに附随する業務を取扱い、他の業務を為すことを禁止されているもので右規定上金融仲介行為を為し得ないことは明かであるし、一般的に第三者間の金融仲介行為が銀行の業務内容とも認められない。従つて、その行為の外形上、使用者の事業内容に含まれない上記事項に名を藉り、金員を騙取しても、右行為を以て事業の執行につきなしたものとすることはできない。よつて(一)、(イ)(ロ)の行為について被告にその損害の賠償を求めることはできない。
原告主張の(二)については証人平野日出子(第一、二回)関玄の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合すれば、平野は原告に対し、昭和二十九年四月七日、金員騙取の目的で、前記堂本に対する貸金の利息を以て、被告との金額五十万円(一回の掛金額一万四千円)の無尽契約に加入することを勧め原告をして、真実右契約に加入するものと誤信させ、同掛金名下に、右掛金額より堂本より原告に支払われるという一月金九千六百円の利息を控訴した差額金四千四百円の三回分合計金一万三千二百円を騙取したことが認められる。右事実に反する証拠はない。同行為により平野の受領した金一万三千二百円については被告の被用者のなした業務の執行により原告に与えた損害であることは被告の認めるところである。原告主張の(三)については、原告主張の無尽契約につき原告が被告会社より無尽金十万円を給付すべき旨の通知を受け、平野に右無尽給付金の受領方を委任し、平野が右委任に基き原告を代理して被告会社より無尽給付金として九万二千九百円を受領したことは、当事者間に争がない。証人荒金日出子(第一回)、関玄、松崎桂作、千葉一雄の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合すれば、平野は外務集金人として、同無尽の集金を担当していたところ、原告に対し、原告の当籖した無尽給付金を被告より受領してくる旨を申出たので、原告は、従前も無尽給付金を被告の集金人に依頼して受領したことがあるので、前回同様平野に右金員受領のための委任状と、原告及び保証人の印鑑証明書等必要書類を手交して、その受領方を依頼したところ、平野は被告より右金員を受領して横領費消してしまつたこと、平野の管掌する職務は前記のとおり無尽契約加入申込の受付及び同契約の第一回以降の掛金の徴収であつて、給付金の受授の如きは、その職務内容とはされていなかつたこと、本来被告は給付金の受授は直接右受領権者に手交するのを原則としたが、特に遠方に居住する契約加入者に対しては、本人の委任のあるときに限り、委任状を徴して被告の集金員に同金員を交付し契約加入者方に持参させることを認めていたことを認定することができる。右事実に反する証人荒金日出子の証言部分(第一回平野が給付金の支給をその職務とした旨)は信用できないし、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実からすれば、被告としては、無尽給付金は、その給付を受ける本人に直接交付する場合の外は、本人の委任した代理人に対し、委任状並に本人の印鑑証明書等を徴して給付金を交付しているのであるから、その代理人となつたものが、被告の被用者たる身分を持つている場合でも、給付金の交付は被告の被用者たる身分によるものではなく、本人が信頼して委任したその委任による代理人としての資格によるものというべく、従つて平野の給付金の受領並に伝達は、被告の被用者としての業務執行とは解し難い。してみれば、平野の横領により原告の受けた損害を平野の使用者である被告に、賠償を求める原告の請求は理由がないものと云わざるを得ない。
ところで原告主張(二)の平野の詐欺の所為についても、被告は平野の選任監督につき相当の注意をしたから、その行為による損害賠償の責はない旨抗争するけれども、証人関玄、上野隆次、松崎桂作の各証言によれば、平野一雄が被告会社の集金人となつたのは、当時被告の集金人をしていた訴外松崎桂作が、その妻と平野と親戚関係があるところから、松崎の推薦によるものであり、被告会社は松崎について平野の身元調査をした後平野を採用したが、松崎は、平野について、あまり知るところはなかつたこと、被告会社において集金課員の採用については、東京都内の地理に明かるく、且つ自転車に乗れることが条件になつている外、学歴の資格などは要しないこと、並に採用後において三四ヶ月に一回、顧客の下に審査員を派し被告方の台帳と顧客方の通帳とを照合する外は集金課員について特段の監督はしてないこと、平野が、詐欺又は横領した金員は競馬、競輪に費消されていたのに、平野の在職中、被告においては気がつかなかつたことを認めることができる。
右認定事実よりすれば被告は平野の選任監督につき、相当の注意をしたものとは云えないので、この点についての被告の抗弁は採用できない。
そうすると、原告主張の(二)により、原告の受けた損害金一万三千二百円と、これに対する損害発生の後である昭和三十年三月十三日以降完済に至るまでの、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十二条第一項本文を、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 水谷富茂人 大内淑子)